おバカのぴかちゃん、今日も行く
おバカのぴかちゃんの、小さな物語。
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203
過去10年で最大という鳴り物入りで、台風18号がやってきた。

2009年10月8日、午前5時過ぎ、半田市を直撃。

外はまだ暗いのだろう・・・

雨戸を閉め切った家の中は、外の様子がわからない。

ただ、猛烈な風が、あらゆる方向からこの家を揺さぶり続けている。

怯える犬が、そばを離れない。

・・・

そして、その時、なぜか覚醒する。

・・・あぁ、この家は体で、私は心なのだ。

圧倒的な自然の力が存在するとして、それを知覚するのは、体を通しての心なのだ。



揺れる家の中で、ゴーゴーとなる風の音は、もしかすると神の口笛なのか?・・・



大いなるものは、言葉を発しない。

私という心は、ただ感じるしか術がないのだ。




おバカのぴかちゃん、今日も行く。






202
9月12日のエバシンポ。

パネルディスカッションで、上甲 晃氏は言った。

「自分の利益のためにするのは、野心。他人の利益のためにするのは、志。・・・志を持っている人は、幸せに生きています。」

シンポジウムの後、懇親会。

仲間が集って、他人を喜ばせるためにだけ、心を尽くす。

そこには、微塵も野心はない。

そして・・・

終わってみれば、一番喜びを感じたのは、私たちだったかもしれない。

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おバカのぴかちゃん、今日も行く。


201
「行く人は、行かない」

道元さんは言いました。


「死ぬ人は、死なない」

・・・そうですね。




おバカのぴかちゃん、今日も行く。
200
私は何ものであるか?

・・・という一点において、「それを突き詰めたいという私である」ということだけは、目下の所、私だと思われる私?が了解をしております。

そして、それはその問い以上に、答えが無いっ!

・・・

これは・・・ツライ・・・

と思っていたら、その答えは「正法眼蔵」に書かれていました。


「その問いがすなわち答えである」

・・・

・・・

あぁ・・・そうなのだ!

問い続けることで、私は私の存在を、確証していくしかないのだ。


私は何ものであるか?

何ものか分からぬ私が、唯一その手立てとするもの・・・

それは、死ぬまで問い続けるという行為でしかないのでした。



おバカのぴかちゃん、今日もいく。


199

不在を感じた時、
人は寂しさを覚えるのだろう。
       茂木 健一郎


死や一生のはかなさについて深く考えると、私たちの心は自然と精神的成就に興味を抱き始めるようになりますが、ちょうどこれは、ごく普通の人が友の亡骸を目の当たりにしたとたん、何かに気付き始めるのと似ています。
無常と死について瞑想することは、大変有益なことです。
なぜなら瞑想することによって、はかなく無意味な行いに心が奪われてしまうことがなくなるからです。
         ダライ ラマ 14世


ふと目にする、こんな言葉からも、わたしの行くべき道が浮かび上がってきます。

その道は、・・・悠々として、そして、あくまで白いのです。


おバカのぴかちゃん、今日もいく。